② 遺影撮影<一番の笑顔を>
そういえば最近、きちんと写真を撮ったことがない。
昔よりデジタルカメラや携帯電話のカメラ機能により写真が手ごろになった分、きちんとした写真が少なく、そしてデータに入っているけれど、普段の顔の写真が多い気がする。
昔、自分が小さい頃は七五三、入学式等々行事のたびに家族と一緒に写真屋さんで撮影をしてもらっていた。そして街に必ず写真屋さんがあった。映画のワンシーンのようにショウウィンドウに様々な記念写真が飾られていた。そんな風景も少なくなってきた。
ノスタルジックに昔を懐かしみたいのではない。ちょっと現実的な、そしてしておけばよかったと、痛切に思った話である。
誰かの葬儀の準備で必ず出てくる会話。
「遺影に使う写真、何かない?」
武骨で背中で人生を語っていたようなおじいちゃんも、リベラルなのおじいちゃんも、あんなにおしゃれだったおばあちゃんも、90歳で大往生のおばあちゃんも、そして父も遺影の写真も、、、とても残念である。
特に昔の人は、写真が少ない上に、年を取ればとるほど写真に写りたがらない。写っていても、遺影に向く表情ではなかったり、集合写真で小さかったり。
遺影を撮影してくれる写真館や人物の写真を撮ってくれる写真屋さんのことがテレビ・新聞・雑誌に出てくるたび、撮っておこうと両親に話をしていた。残念ながら父の時はそれをすることはなかったが。
タイミングを逸してしまったことと、何時がいいタイミングかつかめなかったからもある。結局父の遺影は仕事を定年退職する少し前、だから享年から考えると大分若い!写真を使用した。本人としては満足かも!?
あまり体が丈夫ではなかった父は定年退職後、何度か病気をし、入退院を繰り返している。その頃の写真を見ると、顔がむくんでいたり、痩せていたり、見返すと一目でやっぱり病人なのだ。病気や老いは表情を変えてしまう。
だから、 いつでもいいなら今はどう?
だってその時が一番いいときかは、最期を迎えてみないと、そして本人しかわからないと思うから。
だからこそ、何枚あってもその時の思い出として、家族写真や一番の笑顔の写真を時々、記念に撮っておくのは悪くない!
父の経験をふまえ、母に進めたところ、1~2年前の写真を見ながら、あの時はもっと若かったのに!と、これまたタイミングが難しそうではあるが。
特に女性の皆様、数年前の若さは戻ってきません!そういっている間に時間が過ぎてしまいます。だから、今!をとっておきませんか?
今の笑顔が一番素敵です!人生を重ねた日々を知る今が。